1-3 ファースト・レース
「ホームルーム始めるぞ! さっさと帰りたいのはわかるが、お前らちゃんと席につけ! 転校生を紹介するぞ!」
担任が名簿で教卓をバシバシ叩くのを豪樹はぼんやりと見つめていた。頭の中はレースと自分の愛機のことでいっぱいだ。新しいタイヤが今日届くのだ、じっとしてなどいられなかった。
そもそも、授業が全部終わった後に来る転校生ってなんなんだ。よっぽどの不良か問題児か……どちらにせよ、関わり合いになりたい人種とは思えなかった。
似たようなことを考えていたのかクラスメイトのざわめきが再度の教師の一喝で収まる。そうして、ガララと音を立てて教室の扉が開いた。
入ってきたのは女の子だった。担任の指示で黒板の前に立たされた彼女は、しかし自己紹介をするでもなくキョロキョロと教室内を見回している。
「彼女が転校生だ。さ、挨拶と自己紹介を!」
「……蛍。NDA-DB-3412-R」
黒板にチョークが踊って、蛍NDA-DB-3412-Rと綺麗なブロック体が描かれる。「蛍NDA-DB-3412-Rちゃんだってー。仲良くなれそう!」だとか、「蛍NDA-DB-3412-Rちゃんかあ……結構かわいくね?」とクラスメイトが小声でささやきあうのが聞こえてきて、豪樹は心の底から早く帰りたくなる。
だというのに、自分の名前を書き終えた少女は、目的の人物を見つけたというように豪樹の方を向いて視線を止めた。
「席は……彼の横。これは既定事項」
「お、じゃあそこの男子! その席を蛍。NDA-DB-3412-Rに譲りなさーい!」
さすがの豪樹も気持ちが悪くなってくる。傍若無人に振る舞う転校生もそうだが、それに諾々と従う担任も、隣の席で荷物を片付け始めたクラスメイトにもだ。そもそも、
「なんだよ転校生、オレになんか用か? てゆーか、何その変な名前?」
「……私のことは蛍で平気。よろしく、一文字豪樹」
「あ、ああ。てんこーせいよろしくな」
「君はレースというものが好きだと認識している。あとでその話をしよう。契約のために」
「契約? なに? てんこーせい、オマエ何言ってんの? オレ、早く帰りたいんだけど」
「大丈夫だ。家に帰るルートも契約には何の問題もない。フラグは回収できる。蛍は完璧だから」
こいつ、常識が通じない。助けを求めるように担任を見ても、人形にでもなったように固まったまま動かない。クラスメイトの視線は豪樹と蛍に集まったままで、こちらも明らかに尋常な様子ではない。
「ちょ、ちょっ、! せんせー、どうしちゃったの? え、みんなどうしたの?」
「……この世界の学校について調べが足りなかったのだろうか……あとで認識指定変更を行う。蛍は完璧だから」
「おま、何が完璧なんだよ。オレ、なんもやらなくていいなら帰るよ?」
このままではホームルームも進みそうにない。つまりは帰れないということだ。それは困る。非常に困る。なぜなら家では新しいタイヤが豪樹を待っているわけで、これはもう仕方ないと席を立って教室を飛び出す。
だが、全力疾走で飛び出したにもかかわらず、豪樹についてくる影があった。蛍だ。
「一文字豪樹、君は今から私と契約するよう動く。そういうルート。帰るなら私も同行する。」
「は? また契約? よくわかんないけど、オマエもミニ四駆やるの?」
「ミニ四駆……認識している。お前が好きなレースの車だ。やる。そう答えると契約までのフラグに近づく」
下駄箱で履き替え、また走る。レースで鍛えた足に自信のあった豪樹だったが、それに苦もなくついてきて、さらに会話もこなす蛍に少し認識を改めた。
こいつ、変だけど意外とやるのかもしれない。
「じゃあ、オマエの車体ちょっと見せてみろよ」
「……これ」
タイヤも大事だが、レーサーが相手なら話は別だ。豪樹は足を止め、蛍の差し出した手のひらを注視する。そこには一台のミニ四駆が載っており、けれどその期待はレーサーである豪樹でも見たことのない仕様のものだ。
外装、シャーシ、パーツ……どれも特注であると一目でわかる。わかるが、機体の上部には見るからにガトリング砲のようなものがマウントされており。
「モーターは2050年式。希少なものを再現した。お前の機体など木っ端微塵にできる」
「お、おい、これ機関銃とかついてないか?こんなのついてていいのかよ? 空気抵抗で遅くなんぞ?」
「レースと言うものは機体同士が戦い合い潰すものなのではないのか? 我々と同じように、敵を潰すものだと認識していたが」
「う、うーん確かにプラズマ搭載して、レース場ぶっ壊してたやつもいたしなあ……よし、まあ認めてやろう。勝負しようぜっ!」
豪樹に流れるレーサーの血がたぎる。路上レースは久しぶりだ。それが見たことのない機体が相手とあれば、沸き立たないわけがない。
「ああ、勝ったら私と契約でいいな。想定通り。契約に問題はなかった。蛍は完璧だ」
「よし、オマエが勝ったらなんでもいうこと聞いてやるぜ! でもな、オマエが勝つなんてありえねぇ! レースはここから向こうの駅に向かって、また戻ってくる一周だ。いいな?」
「構わない」
「いっけー、ブレイジングマックス!」
豪樹は愛機をカバンから取り出して地面に置く。二人の合意とともに、勝負の火蓋が切って落とされる。
「キャプラーキャノンとスパインドミサイルを展開、目標を破壊する」
「うおおお! 避けろ! マックスストーム!」
蛍の機体から砲撃とミサイルが乱れ飛ぶ。けれど豪樹が愛機に向けて叫ぶと、爆炎の中をブレイジングマックスがマックスストームを展開して走り抜けていく。
「……なるほど、さすが私のリンカー。いい機体だが……何故走っているのだ……レースというものは、走るもの……? 認識が間違っていたのか?」
「あったりめーだ!てんこーせい、オマエ、レースやった事ないのかよ!?」
「……レースというものを知らない」
蛍も機体を追うように走り出すが、攻撃の衝撃とモーターのあまりに強すぎる出力のために、しばらくもしないうちに機体が分解する。
「最近ミニ四駆をバトルと勘違いしてる奴らが多すぎるぜ。けどそうか、オマエも親父にバトルしか教わらなかったんだな」
「ああ、戦うしかなかったからな」
「レースは楽しいぜ!オレと一緒にレースしようぜ!!」
「それは、契約するということか?」
たとえ相手の機体が壊れようとも、レースは走り抜けなければ終わらない。折り返し地点を超えて走りながら、豪樹は蛍の事情がわからないなりに共感し始めていた。
「ああ。いいぞ、一緒に走ろうぜ! オレ、オマエと一緒に走る事に決めた!」
「契約を受諾。これより君は私の契約者となる」
「よ、よくわかんねーけど、よろしくなっ」
「では契約の証として、これを」
ゴールを決めた愛機を豪樹が拾い上げると、蛍はそっとそれに振れた。蛍の手が撫でると、うっすら輝くリングがタイヤの一つにくっついている。
「おー、かっけー! ありがとなっ ほたる! でもこれ、軽量化の邪魔にならないか?」
「問題ない。そのリングに重量はない。これにて契約は完了した。共に世界を救おう」
「は、世界? レースで世界救えんの? それなら、やってやるぜ!」
「ああ、世界を救えばレースが救われる。その認識で問題ない。ではこれからよろしく。一文字豪樹」
next 第二章 ただ一度の夏