3-3 夕焼け色の魔法使い


「ひかりちゃん~今日もお疲れ様ー!! ひかりちゃんのおかげで注文増えたから毎日忙しくて楽しい! 前田さんのお父さんなんていつも顔が怖いのに可愛い子が配達してくれてうれしーってニコニコしてくれてるし~」
「結女もおつかれさま! いやー今日もよく働いたねえー!」

 光里の漕ぐ自転車は全速力で車道を駆け抜けていく。結女もその速度感にはもうずいぶんと慣れた。自分で漕ぐときにもつい速度を出してしまうくらいには。
 それでも光里の生み出すこの速さには到底敵わなかった。細い腰に回した手につい力がこもる。

「明日も明後日も明々後日も! 仕事はどんどんあるよー!! 頑張ろうね!!」
「そうだね! 結女もだいぶ自転車漕ぐの早くなったし、この分ならもうひとりでやっていけるんじゃないかな!」
「……えー?! あはは、ひかりちゃんも一緒に決まってるじゃない! 何言ってるのよー」

 上り坂にさしかかり、光里は自転車を漕ぐ速度を幾分緩やかになる。光里もだいぶ気を使ってくれるようになったと結女は思う。以前だったらそのまま弾丸のように空へと射出されるのではないかと危惧するところだった。

「結女さ、最初に私がお願いしたこと、まだ覚えてるかな?」
「……覚え、てるけど……でも! それでも! その日が過ぎても結女はひかりちゃんと一緒にいたいもん」
「あたしもおんなじ気持ちだよ。でも、だから、やらなきゃいけないの。今日は8月25日。2030年8月の、運命の日」

 光里の声が震えているのを感じる。表情は見えない。泣いているのではないかと結女は思った。自転車の速度が落ちていく。

「結女、あたし結女といっぱいいろんなもの見たよ。いろんな所行って、配達もして、いっぱい、いっぱい……あたしだって結女と離れたくなんかないよ! でも行かなきゃ! 離れるよりも辛いことが、待ってるんだから……!」

 自転車は上り坂の中腹で完全に止まってしまった。この手を離せばすぐにでも消えてしまうんじゃないかと思って、光里の身体を結女は必死に抱きとめる。

「……結女、ひかりちゃんを守るから! 一緒に帰られるように、頑張るから……だから結女を置いて行かないで、結女また大切な人がいなくなるの嫌なの! 結女、ひかりちゃんが辛いことになるなら一緒に行く! 頑張らなきゃいけないなら一緒に頑張る! だから! 結女わがままだけど! 頑張るから……」

 これがわがままだとは結女自身もわかっていた。それでも言わずにはいられない。涙を堪えると手の力は抜けてしまって、結女は光里のジャージの裾をそっと握るだけになった。

「ありがとう、結女。あたし、結女のその気持ちだけで戦えるよ。ずっといっしょ、だもんね」
「……ひかりちゃん、絶対戻ってきて、約束して……」

 光里はしばらくされるがままにしていて、結女を一度も見ない。けれど次の瞬間、ほんの一瞬だけ結女は光里の強い力を感じた。抱きしめ返されたのだと気づく前に、光里はガバッと光里はガバッと身体を離す。
 光里は笑っている。坂上に登る太陽を逆光にして、結女を安心させるように。

「もちろん! 結女も見たでしょ? あたしは世界を救うヒーロー、そして魔法使いなのです! だから、心配しないで!」

 そして自転車のスタンドを立てると、光里は自分の竜翼を広げて坂道を滑るように飛んでいく。夕暮れの落ちる向こう側で、光里の姿は結女の視界から消えた。

「絶対に、勝ってくるから」

 

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4-1 ドラグブライド、そしてドラグアロン